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福岡地方裁判所 昭和34年(わ)22号 判決

被告人 山下圭介

昭四・二・二二生 無職

主文

一、被告人を懲役三年に処する。

二、但し、五年間右刑の執行を猶予する。

三、訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

第一、罪となるべき事実

被告人は、昭和三二年一〇月二一日から同三三年一〇月一三日まで、福岡市上奥の堂町三番地株式会社佐藤電業社(代表者佐藤多喜男)経理責任者として、小切手振出、当座預金の預入、払戻等の経理業務に従事していたものであるが、

右会社振出の小切手額面金額を、正規の支払額以上に水増して記入したりして、右会社の取引銀行における当座預金から現金を引き出しておいてその差額分だけあるいは引出し金額を横領する等の方法により、別紙犯罪一覧表に記載のとおり昭和三二年一〇月から同三三年一〇月までの間、前後六八回にわたり協和銀行博多支店等の福岡市内の銀行において、業務上保管中の現金(合計九六六万九五八〇円)を、いずれも勝手に自己の経営する洋裁店、バー等の資金にあてるために各着服横領したものである。

第二、証拠の標目(略)

第三、法令の適用

一、判示各業務上横領

各刑法第二五三条に当る。

二、併合罪加重

同法第四五条前段、第四七条、第一〇条を適用し、犯情の最も重い、別表犯罪一覧表中の番号56の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断する。

三、刑の執行猶予

同法第二五条第一項を適用する。

四、訴訟費用の負担

刑訴法第一八一条第一項本文による。

第四、情状

一、本件は、自白事件である。

二、本件業務上横領事件は、なんといつても総額にして一、〇〇〇万円近いものである(起訴金額は、九六六万九五八〇円)一事から考えると、検察官の求刑(懲役四年)は妥当と評することができよう。

三、横領した金の使い途をみてみると

(1)  義妹名義で経営する洋裁店へ  約二一〇万円

(イ) 昭和三三年二月、妻の妹(久保梢)名義で高級洋裁店「こづゑ」を開業・経営する。

(ロ) その開店準備・設備金、資本、経営費、義妹の生活費一切等に使う。

(ハ) 同年九月、右洋裁店を閉店して、被告人らは東京、北海道へ逃避する。

(2)  妻に渡した分  約一一〇万円

(イ) 妻は、昭和三三年九月から「ママ洋裁店」を経営する。

(ロ) その開店準備・設備金、資本、経営費、家族の生活費、小遣等に使う。

(3)  被告人経営のバー「ACB」の経営資金に  一七二万円余

(イ) 被告人は、昭和三三年七月頃から福岡市内東中洲で、バー開業の準備を進めている。

(ロ) 同年九月開店早々、右バーを処分している。そのため、約一五〇万円の損となつた。

(4)  被告人自身の遊興・飲食費に  約二〇万円

等が、証拠上認められる主な使い途である。

四、犯行のからくり

(1)  会社振出の小切手額面金額を、正規の支払額以上に水増しして記入の上、右会社の取引銀行における当座預金から現金を引き出すというやり方であれば、会社の小切手帳控と銀行の当座預金元帳との帳尻にくい違いが生じてくる筋合である。

(2)  そこで、犯行の発覚を防止するために、本件犯行においては、右双方の帳尻を断えず一致させるような方策がとられている。これを説明すると、本件犯行に当つては、

(イ) 会社が銀行に持つている別段預金を引当に銀行より所要金額(使い込もうとしている金額)の貸付を受ける。

(ロ) この貸付金は、会社の帳簿にはあげない。

(ハ) この貸付金を会社の当座預金の方に振り込む。

こういうからくりをしておいて、金額を水増しした小切手を振り出して、現金を受け取つているから、銀行と会社の双方の右帳尻が断えず一致してくることとなる。こうして、犯行の発覚防止の目的を達しているのである。

五、右のように、業務上横領金額が極めて多額にのぼること、及びその使い途の内容、並びに犯行のからくりの巧妙なこと等から観察すれば、被告人が本件犯行後、東京さらには北海道にまで逃避した事実が何よりも雄弁に物語つているとおり、被告人自身が、自ら刑(実刑)を予期していたことは、極めて明白であるということができよう。

六、弁償関係

(1)  会社に与えた被害総額は、つぎのとおり、八七八万円余であると認められる。

使込総額                一〇、一七五、四五二円

返済金額                 一、三九二、三五五円

実際の被害額               八、七八三、〇九七円

(2)  弁償金額

(イ) 現在までに弁償ずみの金額   一、九八〇、〇〇〇円

その内訳は

(A) 被告人の実父から           五〇〇、〇〇〇円

(B) 被告人の妻の実家から         一五〇、〇〇〇円

(C) 昭和三四年一〇月一日の分       三〇〇、〇〇〇円

(D) ママ洋裁店の敷金、権利金、備品

一式及び家具(その見積価格)   一、〇〇六、〇〇〇円

(E) 昭和三四年四月から九月までの間     二四、〇〇〇円

計               一、九八〇、〇〇〇円

(ロ) 現存被害額

右(1)から(2)の(イ)を差し引くと     六、八〇三、〇九七円

が現存被害額となる。

(3)  (イ) 右全額について、すなわち六八〇万円余について、会社との間に準消費貸借契約に基く公正証書が作成されている。

これによると

(A) 昭和三四年一一月より昭和四一年一〇月まで毎月末日に、五〇〇〇円づつ  四二〇、〇〇〇円

(B) 昭和四一年から昭和四八年まで毎年末に、三〇万円づつ  二、四〇〇、〇〇〇円

(C) 昭和四九年末に          三、九八三、〇九七円

計                 六、八〇三、〇九七円

というように分割して支払う契約がなされている。

(ロ) 右(B)の三〇万円づつの分割弁済については、約束手形八葉(計二四〇万円)が差し入れてあり

(ハ) 右六八〇万円余の債権担保として、実父所有の家屋三三坪八勺(価格二〇〇万円位)に抵当権の設定がなされている。

七、被害者感情

(1)  電気器具卸販売をしている被害者(佐藤電業社)が、本件一、〇〇〇万円近い使い込み事件によつて甚大な痛手を蒙つたことは、『大体つぶれているところですが。松下電器の方の援助で、そちらから出向社員が来て、息をつないでいる』という証人佐藤多喜男の公判廷での供述が、これを証明して余りあるものということができよう。

(2)  ところで、被害者感情の点をみてみると、右証人は、『私としては、被告人を刑務所に送るとかいうことは考えていない。私の受けた被害を弁償してもらいたいと思う』とはつきり証言している。

本件被害者の掛値のない気持は、右証言にもあるように、被害の弁償を求めたい、一日でも早く、一円でも多く被害弁償をしてほしいという気持であると認めるのが正しいと考える。

(3)  それとともに、被告人の一家を挙げての、弁償についての懸命の努力に対して、本件被害者は十分了承しているものと認めて差支えないであろう。「被害者が七一〇万三〇九七円を領収した旨」昭和三四年一〇月一日附で領収書を出していることや「今回に限り寛大な処置をお願いする」旨の、被害者の上申書が出されていることによつて、これを十分認めることができると考える。

八、被告人には前科もなく、未だ年若い者であり、被告人の妻の熱意(法廷で「死ぬまででも弁済に努力する」と誓つている)。被告人の家族の協力、被告人の現在の行動、態度その他諸般の事情も参酌すべきである。

九、結論

当裁判所としては、一方において、業務上横領の金額、その使い途、犯行の態様等の事情と、他方において被害弁償、被害者感情、被告人を含む被告人一家の熱意その他の事情とを、かれこれ比較検討するとき、被告人に実刑を科するよりは、この際相当期間刑の執行を猶予し、かたがた被害弁償に一層の努力を払わせ、もつて本件被害者の要請に応えさせるのがより妥当な措置であると信じて、主文のとおり判決した。

(裁判官 横地正義)

(別紙犯罪一覧表略)

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